【小話】0014話_参加者と消費者
2020年7月1日みなさん、こんにちは。鬼畜な天野Pです。
今回のお話は、ちょっとした回顧録になります。
中学~高校の頃、趣味で小説を書いておりました。趣味なので、原稿用紙数十枚程度の可愛い量でした。それを友人に見せる事もあったのですが、「人によって変わるんだなぁ」と思ったエピソードを綴ります。
小説は、読みやすさや運びやすさから二つ折りにした原稿用紙をホチキス留めしてました。しかし1つにするのは無理が有ったので、数束に分割しておりました。
最初はこの数束の小説をそのまま友人に貸していたのですが、後日、「無くすと困る」とゴムで束ねられて返却されました。直筆ですし、まだPCを持ってなかったので書き直しが出来ない。紛失されたらかなり困るので、その配慮が非常に嬉しかったです。
その状態で別の友人に貸しました。後日、「今日、雨だから」とビニール袋に入れられた状態で返却されました。確かに、何で今まで剥き出しで持ち運んでいたんだろう、と自分にツッコミながら、その配慮が非常に嬉しかったです。
その状態で、更に別の友人に貸しました。後日、「ぱっと見、本らしくないから」と、本屋で購入時に貰う紙袋に入れられて返却されました。外見の影響は大きく、紙袋に入れられてるだけなのに、素人の書いた小説が“本”という存在感を出すようになりました。外見って大事なんだなと思いながら、その配慮が非常に嬉しかったです。
その状態で、またまた別の友人に貸しました。すると後日、最初と同じ状態で返却されました。紙袋も、ビニール袋も、輪ゴムも無い状態です。どうやら失くしたらしいのですが、当人は「本体を返したのだからそれで十分だろう」と思った様です。つまり、付属物についてそれがある理由を全く気にしてませんでした。
全て他の友人が加えてくれた物だと伝えると、輪ゴムを渡されました。特に謝罪はありませんでした。
私は、作品とは発表された本体だけでは完成しておらず、周囲の反応等を取り込んで成長していくものだと思います。誰一人、批評もせず、話題にも上げず、二次制作でも対象にしないのであれば、それはその作品にとって“死”でしかない。何かが加えられている仮定そのものも作品の一部なのではないでしょうか。勿論、その過程で問題が生じる事も有るでしょう。個々が良かれと思っていた行為が、全く別方向であることもあるでしょう。でも、そこには作品を成長させる“参加者”が居ます。
さて、輪ゴムもビニール袋も紙袋も失くして返却した友人は、“参加者”でしょうか。そこに、良かれと思う行為があったでしょうか。
全くありませんね。
友人は、それらが加わった過程を知りません。言うなれば、借りた時に付いて来た物という認識だったのでしょう。
しかし、紙袋はともかく、ビニール袋は「濡らさないため」、輪ゴムは「紛失しないため(束ねるため)」という存在理由に気付くはずです。普通なら。
そういった部分を全く考慮せず、本体だけあれば良い、と判断した事が残念でなりませんでした。そこに、無い方が良いと思う理由があれば、まだ救いは有ったのに。
さて、あなたは作品に対して、“参加者”ですか? それとも“消費者”ですか?
2020/07/01 鬼畜な天野P
